コラム

2014.08.05『自由とは何か』 監視社会と「個人」の消滅 著者:大屋雄裕さん ちくま新書

■自由・・・

“自由”このやっかいな言葉は、社会につきまとい、会社につきまとい、組織につきまとい、コミュニティーにつきまとい、家族につきまとい、友達同士につきまとい、人生につきまとう。
パワーバランスの変化と強制的グローバル化により軋轢の耐えない国際社会を構成する国々にもつきまとっていますね。

 

考えてみれば、憲法から法律、一般共通社会のルール、人間関係などの慣習等、基準はすべて”自由”と”平等”、”権利”と”義務”など、個人と集団、社会との関係性の境界デザインですね。現在社会の転換期、あらゆるところで境界のデザインが揺らいでいます。

 

“自由”は、定義不可能、変幻自在、自分勝手、ご都合主義の便利な言葉でしかないのですが、人々を誘惑し続ける”自由”を考えることはやめられません。

 

昭和バブル以後の若い方々と意見交換していると、新人類といわれた私たちの世代が学生の頃考えていた(手に入れたい)自由と、若いみなさんが考えている(手に入れたい)自由が変わってきていることがわかってきました。
日本社会を見ていると自由や権利ばかりを優先できない社会不安要素が顕在化してきたことにより、自由や平等そして権利を制限してでもセキュリティーを強化しようという意見が市民側からも出るようになってきています。また、ネット社会特有の大変便利な機能により、プライバシーよりもサービスを優先することを多くの人々が不安を抱えながらも(知らなうちに)容認しています(したことになっています)。

 

21世紀も10年以上過ぎ、近代が目指した豊かさを多くの人々が一度は手に入れ、自由な社会が概ね実現したようにみえる日本での新たな”自由”問題について、豊かで快適な成熟社会を陰で支配している(支えている)、監視強化社会に焦点を絞り、過去を振り返り、時には身近な実例を挙げて考えてゆく本です。

 

どうも、欧米的個人にはなりきれない日本人特有の個人を基本とした法制度、社会のルール、慣習を、”外”からコピペしてくるのではなく、自前でデザイン、構築することがこれからの目標のようです。(おもしろそうだとは思いませんか?)

 

「はじめに」と「おわりに」がおもしろいです。自分の思いや考えを本文よりもより提示しやすいからでしょうね。方々に配慮して客観性を持たせようとすると個性が薄れてしまいます。

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■ちなみに、「なぜ本の内容を理解できるはずもないのに、本を見るのか?」

 

毎回、とりあえず、読んだ本の紹介文を書こうと思っているのですが、チラチラ読み返すとほとんど覚えておらず、当然ながら内容も分かっていないことが毎回判明してしまい、残念な思いになるのですが、私にとって本をみる(読まない(笑))目的は、本の内容を理解することではなく、”想像の翼を広げる”(花子とアンより)ことが目的なのであまり気にしていません。所詮このような難しい内容を理解することは無理なのですから、私の作品の糧にするために所々の気になる部分をサンプリングすることに能力をさくようにしています。(本の見方の自由)

 

■主な内容

第一章:規制と自由
第二章:監視と自由
第三章:責任と自由

 

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『自由とは何か』 監視社会と「個人」の消滅  <著者:大屋雄裕さん:ちくま新書680:2007>
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