コラム

2013.12.15リ・イマジネーション時代のまち歩きの意義

■ リ・イマジネーション時代のまち歩きの意義 - 主観的解釈評価による”まち歩き”が”まちづくり”の基礎となる

数年前からまち歩きに参加するようになったのですが、建築を見に行くことは多い私も、日常的な町並みのまち歩きとなると、何を見たらよいのかわからず、何のためにしているのか意義もあまり感じられず、カメラを片手にただ適当にぶらぶら歩いてるだけでした。この時代において、観光地ではない、歴史的建造物や有名建築でもない、日常的な町並みのまち歩きにどんな意味があるのでしょうか?それを考えてみました。

建物が解体され、まちから消え去ったとき、元々何が建っていたのか覚えていないことも多々あることからわかるように、私たちにとって、見ているようで見ていない日常的生活圏内の見慣れた景色は、スリガラス越しの希薄な背景状態に陥ってしまい、意識から消失しています。このようなありふれたまちを歩き、ありふれた景色のいったい何を見ろというのでしょうか?このような誰しもが思う疑問をいだく中で、この問いにこそ、これからの時代の新しいライフスタイルやまちづくりのヒントが隠れているように思い始めました。

右肩上がり前提の”希望”と”欲望”の上の豊かさがゴールの昭和モダニズム時代から、人口減少、経済横ばい、物質的欲望飽和、輝く未来のイメージ枯渇状態のリ・イマジネーション時代に移行した日本において、まち歩きは、日常的生活圏を再認識し、再定義した新しいライフスタイルの確立、そして”まちづくり”のための基礎を作る大変重要な行為のような気がしてきています。


01 ”何もない” から ”これがある”   文化への移行

「私の住んでいる町には何もない」とよくきく言葉ですが、はたして、何をもって”ある/なし”と判断しているのでしょうか?

生活圏の中に”あるもの”は、住み慣れた生活圏を離れてみて初めて気づくことも多いのですが、その”あるもの”とは、日々の生活に必要な機能面に関わるところが多いのではないでしょうか。それは、生活圏のなかにおける空間認識が、主に自分に関わる機能的部分で構成されているためでしょう。機能面で自分の日常生活に関わりの少ないところは、焦点の合うことのないぼやけた景色となり、スルーされるものとなってしまいます。自分にとって関わりがないありふれた生活圏の景色は、繰り返される日常ルーティーンの中、”ある/なし”という感覚自体が消失し、スリガラス越しのぼやけた残像的背景となり、自分が生活している”まち”には何もない状態、つまり、”自分”と”まち”との関係が希薄化した状態に陥ってしまっています。

そこでまち歩きの出番です。複数人の外部の皆さんと地元の皆さんが一緒にカメラを持ってありふれたまちを歩く、この行為に生活圏の景色を大きく変える可能性があるのではないかと思うようになりました。

1,外部の視点:相対的一般評価
2,地元の視点:地元の人しかわからない(表や裏の)物語、
3,多様な視点:視野の拡大
を一度に得ることができるからです。

このようなまち歩きの後の発表会で、参加者のみなさんの写真と説明をお聞きすると、自分の視点では気がつかなかった(見ていなかった)ことが実に多いことがわかります。複数人で見ることにより、普段スルーしてきた景色の中に、実は様々なものがあることに気づかされます。毎回思い知らされることなのですが、”まちをみる”という行為は、所詮一人だけでは限度があるということです。(あらゆるものがそうですが。)

多くの皆さんと一緒にまちを歩くことで、日常生活では焦点の合うことのなかった、スリガラス越しのぼやけた景色の中に、実に多くのものが、地元の物語とともに存在していることがわかります。まち歩きをとおして、一人では得ることのできない多様なる視点を得ることができるのです。その視点の獲得とは、何もないところから、これがあったという発見、つまり”無”から”有”を生み出す可能性があるように思いはじめています。

まち歩きを通して、”何かあるのではないか”という意識を持つことにより、日常生活圏の”何もない”ありふれた背景であった”地”から”図”を、”無”から”有”を生み出すことができそうです。もしそれができれば、ありふれた日常の景色つまり”まち”への意識、関心、愛着などが増していき、もしかすると日常的生活圏の再認識・再定義につなげることができるかもしれません。さらにそれらを地域に広げることができれば、住民主体のまちづくりに発展させることができるかもしれません。まち歩きをとおした”これがある”文化への意識変化=新しいライフスタイルが、地域に根ざしたまちづくりの第一歩となりそうです。


02 リ・イマジネーション時代のまちづくりとは、”文化づくり”のことである。

“まちづくり”の目的とは何でしょうか?

震災後にできた、真新しい建物。被害の大きかった昭和レトロ商店街を再開発したものでした。人並みはもどってこず、真新しさの中に広陵感が漂う再開発ビル。すでに”希望・未来・欲望”の上の発展前提の昭和モダニズム時代は終わりを告げています。レトロ商店街に息づいていた地域住民と一体化した”商店街文化”が近代文明の象徴”再開発”には引き継がれず、人は以前より遠のいてしまったようです。文化的文脈を無視した暴力的な文明は、時に文化を破壊してしまいます。人並みが少なくなった理由が再開発ビルであるかどうかはわかりませんが、果たして再開発ビルに新たな文化は根付くのでしょうか?

すでに”新築”に魅力を感じている人は以前より少なくなってきています。”新築”の相対的価値は低下しています。近代社会の目標であった、都市や街、居住空間をモダン建築やデザインで魅力ある豊かで快適な生活空間に変革していこうという目標はおおむね達成されました。輝かしい未来のイメージを含む新しいアイデアは出尽くされ、行き詰まり感が蔓延し、閉塞感へとつながってきています。”新築”=新しいハコならば何でも人が集まる時代は既に終わっています。どんなに立派な建物=ハコだろうと中身がなければ”期待感”の裏返しの”残念感”が出てしまいます。それほどまでに日本の大衆文化は高度化し、評価が厳しくなっています。

これは社会の主軸が”ハードデザイン”から”ソフトデザイン”へ移行したことを意味しています。”ハコ”=ハードよりも”文化”=ソフトが優位な時代に移行しているのです。これからは、いかに”文化”=”ソフトデザイン”をつくることができるのかが鍵を握っているようです。


03 ”文化”の基礎を作る”感性力”

運動 → 基礎体力
文化 → 基礎感性力

文化を作る力、これからの日本ではこれがもっとも必要性のある重要な能力ではないでしょうか?

数十年前、昭和モダニズム時代は足りない施設を作っていくことが重要でした。スクラップ・アンド・ビルドが一般常識とされ、ひたすらハコを作り続けた日本でしたが、気がつくと”床”が余っていました。現状、床面積だけをみると、日本ではすでに新築物件は必要ない状態になっていたのです。有り余る”床”をどうしてゆくのか?大転換期を向かえた中で、”いかに作るか”から”いかに活かすか”への移行が必要となっています。

また、人口増加、経済成長を見込んで計画されている各施設が、人口減少時代に入り役割を終え、放置される状態になってきています。昭和時代に作られた多くの建築物・構築物が老朽化してきている現状を考えれば、縮小・減築時代を見据え、”必要な施設をいかに選別し、いかに維持していくのか”、ということが、社会全体の大きな課題になっています。すでに日本では”縮小・減築時代”という次のフェーズに突入しています。維持できなければ、スラム化、廃墟化、限界集落化、へと進んでいく可能性が現実性を帯び始めています。すでに具体策を実行に移している地方自治体も多くなってきました。
  
インフラ的必要不可欠機能施設を除けば、各施設の利用を促すもの、何かを活用するという行為は、おもに人々の文化的活動により行われることがおおいと思われます。”いかに活かすか”、”いかに維持するのか”、それはつまり”いかに文化を作ることができるのか”ということがいえそうです。もし、持続的な”文化”をつくることができれば、そこに人々の活動が伴い、その施設が持続的に活かされることにつながっていくことでしょう。

その”文化”を支えるものとは何かを考えれみると、”運動”を支えるものが基礎体力だとしたら、”文化”を支えるのは”感性力”ではないでしょうか。つまり”文化”をつくっていくには、まず一人一人に”基礎感性力”がそなわることが必要であると考えるとわかりやすいと思います。これからの”豊かさ”とは、”感性力の豊かさ”のことであるといってもよい時代だとおもいませんか?

*この商店街の状況をどう判断したら良いのでしょうか?
否定する方も多いですが、肯定的に絶賛をする方もいらっしゃいます。
今、”評価基準”、”価値基準”  が大きく揺らいでいます。

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↑ 映画のセットのようで、とてもすばらしい作品ですね。しかしこれはセットではなく、生きている現実のまちです。特に若者たちはこの唯一無二の価値に気づいています。
「昭和商店街博物館」としても貴重な存在。


04、複数の方々が参加し発表する意味  - 多様な視点の獲得

専門家に見方を教えてもらい視野を広げることと、勝手気ままに自由に見ることで視野を広げること、両方重要ではないでしょうか?

一つの写真(風景)に写っている情報量はものすごい容量があります。この無限にありそうな情報量の中で、私は、そして皆さんは一体何を見ているのでしょうか。それは、自分と関わりのある部分や、たまたま目に付いたものなど、個人の感性によるところが大きいのではないでしょうか。莫大な情報量の中で、何を見て何を感じるのかは、見る方々によってすべて異なっていて当然です。誘導的ゴール前提の”こうすべき時代”が終わった今、視点は自由化され個人の感性に赴くままに見る、ということにこそ意義がでてきました。「そんなところを見て、そんな感想をもつなんて」から「そのような視点で、そのような解釈をするとは」という文化の方が楽しくなると思いませんか?

「おもしろき ことなき世を おもしろく すみなしものは こころなりけり」

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↑ 無限にありそうな情報量の中で、私は、そして皆さんは何を見て、どう解釈しますか?


05 ”景観評価” から ”解釈評価” へ

上記のように、”こう見るべき”、”客観的にみてこうだ” だけではなく、”自分の感性ではこうだ”、”私はこう見てこのように解釈した”という個人の感性に立脚した解釈評価がこれからのまち歩きの楽しさではないでしょうか。複数の方々のご意見は、それぞれ個性的で多くの視点を与えてくれます。多くの方々が町歩きに参加されて、それぞれの個性的視点と独自の解釈をお聞きすることの意義がそこにあります。

人の感性とはわからないものです。一般常識も変化していきます。道徳も倫理観も時代表現といってもいいかもしれません。絶対はなく、不安定で、恣意的で流されるもののようです。数十年前に学んだモダニズムは、過去の一論理の一つになってしまい、有効性を失いつつあります。かつて輝く未来を夢見て最先端の論理であったモダニズムは、いまや、過去を学ぶことになってしまった(これは言い過ぎですが)ようです。”未来”が”懐かしさ”を彷彿させる理由がここにありそうです。

バラックから始まった戦後の日本は西洋から輸入されたモダニズムを基礎として様々な価値観を築いてきました。景観も欧米的街並みを目標として日本の原点”バラック”を過去の忌まわしき歴史とダブらせて排除してきました。
平成へ移り21世紀に入ると、バブルを知らない世代が登場してきます。彼らにとってはすでに西洋は特別ではなく、海(=日本)の外という意味での少しあこがれの世界の中の一文化でしかなく、コンプレックスを含んだ特別のあこがれ感はないようです。ガラパゴス化は、輸入文化の価値が低下し、自国の独自文化の方が価値が高くなってしまったからであると言ってよいのではないでしょうか。今や日本のポップカルチャーは世界の先端を走っています。この文化的素地が備わった社会では、見かけだけきれいに整えた中身のない景観に嫌悪感を覚える人が出てくるのは当然でしょう。すでに自分の感性力で評価、判断できる文化的素地がある社会では、モダニズム時代の景観評価の有効性は低下し、以前ほど意味をなさなくなったと言ってよいと思います。


*この路地、客観的視点で見て、はたして景観的価値はあるのでしょうか?
自分の感性に従って見ると、どんな価値があるのでしょうか?

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06 地元の人しかわからない表や裏の物語、”背景物語二倍の法則”

ありふれた写真であっても(表や裏の)物語が付くと意味=価値が出てきます。写真の背景に思い出があれば一気にイメージ世界が浮かび上がってきます。思い出は書き換え不可能の唯一無二の価値があるからです。写真の意味が写真自体の質ではなく写った内容から喚起される思い出や逸話に大きな意味が出てくるのです。地元の人にとってそれは何よりも価値のある物語に違いありません。ありふれた写真の背景に物語がつくと写真の価値が倍になります。これが”背景物語二倍の法則”です。笑
この思い出や逸話等の物語は地元の方々しかわからないことです。まち歩きを地元の方々とすると物語が次々と出てきてグットそのまちとの距離感が縮まっていくのがわかります。生活のなかでまちは生きていることを実感する一瞬です。 


07 主観的解釈評価による”まち歩き”による段階的”まちづくり”イメージ

 1.自分の感性に立脚した主観的解釈評価によるまちあるき
    ↓
 2,”ある文化”の広まりによる生活圏の再認識、再定義。
   新ライフスタイルの確立
    ↓
 3,住民主体のまちづくり=”文化づくり”
    ↓
 4,道州制へ(?)

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