コラム

2013.09.30近代日本の居住空間は、何を目指してきたのか?― 01 (概観)



■ 画一的・均質的な標準仕様を生み出した近代日本の居住空間は、いったい何を目指してつくられてきたのでしょうか?

今世紀初めに始まった”リノベーション現象”は、戦後60年が過ぎ、やっとやってきた日本の居住空間の”ポップカルチャー化(大衆化)現象”であり、不動産の”大衆解放運動”ではないかと思っています。戦後60年あまり、決して崩れることのなかった超保守的な不動産業界が作り上げた、全国一律の画一的、均質的な居住空間に、”なぜこうも日本中どこにいっても同じような居住空間ばかりなのだ。もうこれ以上耐えられない。私の居住空間がほしい!”といった一部の人々の拒絶反応が、自由に改装ができる中古物件と結びつき”リノベーション現象”として爆発、大衆に広がり始めているのです。

そこで、まず、全国どこででも見られる画一的・均質的な標準仕様で作られた日本の居住空間は、何を克服しようとし、何を目指してつくられてきたのかを考えてみましょう。

○ 近代日本の居住空間は、近代以前の居住空間の何を克服しようとしてきたのか?

1 村→都会:封建的家族形態の克服  
近代以降、人々は、田舎から都市へ大移動し、村的”家=血縁”から離脱、近代にふさわしい自由・平等の社会で独立した都会人になることを目指してきました。大家族は徐々に解体、核家族単位で世帯を構成、経済発展と共に個室化、住居内に一人一空間を目指して広さを求めていきました。

2 忌→快、湿式→乾式:三大水回り忌避空間の克服     
水回りの居住空間化。湿式→乾式工法へ。忌避的空間を技術力により克服し、快適な居住空間化を達成。家の”主人=(家長)”が夫から妻へ。

3 自然→人工:自然素材の経年変化、傷、汚れ等の克服
自然素材から、ラッピング・コーティング・化学処理をされた工業製品へ。自然素材なら当たり前の劣化、変形を技術力により克服し、傷の付かない、劣化、変形しない材料を開発。未来志向の科学技術礼賛時代。

4 伝統・経験則→構造力学、可燃→不燃:地震・火災の克服
耐震化、不燃化の法制化により、最低限の人命確保を法的に規定。公共の福祉の増進、都市災害の低減。

5 伝統技術→組立工法、地域性・個性→標準化:住宅不足の克服
都市問題である住宅不足を、工法の合理化、標準化、工業化により克服。日本は、止まらない都市化、長期に渡る高度経済成長を経て、世界でも有数の巨大都市”東京”を作り上げました。

6 耐え難い温熱環境の克服:快適性と省エネ 
水回り同様、悩まされてきたのが夏の暑さと冬の寒さです。これらを克服すべく冷暖房機器の開発、断熱性の向上に邁進してきました。機械式空調設備前提の現代建築は、環境問題とエネルギー問題をかかえ岐路に立たされています。

7 和→洋:DKによる日本の伝統的生活様式の克服。 
多目的畳空間から、西洋機能主義的一空間一機能へ。西洋のライフスタイルを目指し豊かさを求めてきました。

8 家電製品の発達による家事の重労働化の克服 
居住空間も、社会も、ひたすら便利さを求めていく時代。重労働であった家事から女性を解放、独立、社会進出を支えています。
 

そのほか、次のような変化がありました。
畳 → フローリング
座卓+座布団 → テーブル+イス
布団 → ベッド
タイル → ユニットバス、パネル     
換気扇 → シロッコファン
新壁 → 大壁
漆喰・土壁・モルタル+塗装 → ビニールクロス
本物 → プリント、ラッピング、コーティング

○ 近代的ライフスタイルへの移行
近代日本の居住空間は、モダニズムが提示した自由・平等・独立、機能性・合理性、科学的客観性重視などの考え方をもとに、ライフスタイルを西洋化させるという目標を掲げましたが、現実には、変わることのない日本的部分を残しながら、日本独自の居住空間をつくりあげてきました。
都市化、つまり田舎から都会への大移動の中、封建的な血縁に基づく”家”形態からの独立、核家族化による友達のような親子関係の構築、伝統的座卓に内在する上下関係をなくしDKによるテーブル+イスのアクティブ空間の定着化、厄介者であった水回り空間の快適化、機械化による家事の低減と主婦の復権、女性の社会進出など、サラリーマン4人家族を標準モデルとした社会政策をソフトインフラとし、都市の住宅不足解消、持ち家政策推進などの住宅政策と安定した生活の安全保障ともいえる終身雇用的企業経営のなかでライフスタイルが確立してきました。

○ 裏方(忌避)空間であった水回りの居住空間化(快適化)
日本の居住空間の近代化は、忌避空間であった水回り”キッチン”、”トイレ”、”お風呂”を技術力で克服し、快適な居住空間化することであったといっても過言ではありません。
多湿環境の中で、維持管理に大変苦労してきた水回りを、何とか快適な空間にしたいという国民全体の希望が、”湿式工法”から”乾式工法”へ、ひたすら製品、工法の開発を促進してきました。多湿環境の中での水回り空間の快適な空間化が国民全体の悲願であり、建築の近代化の大きな目的・目標でした。そして、それは、80年代半ばから90年代初め以降、ようやく成し遂げられたのです。

○ 建築材料:自然素材から、人工素材、工業製品へ
地産地消を基本に使用してきた日本建築の素材である、木や藁、紙、土などは、都市化が急激に進む中で、不燃性、耐久性、メンテナンス性、施工性にすぐれた工業製品に取って代わっていきます。新築の建物は機能的合理性と経済性を追求し積極的にこれらの素材を利用していきました。いつしか近代の日本建築は人工素材で囲われた画一的、均質的な空間が標準仕様として確立していました。こうして大衆居住空間は、(特に投資目的の賃貸物件は)全国どこへ行っても同じような空間になったのです。普通のアパート・マンションも、億ションも基本的な内装仕上げ項目を比較すれば、同じ仕上げが使われています。

○ DK
昭和51年に発明された”2DK”は、限られた面積の中で食寝分離をどうにか成し遂げようとした結果誕生しました。狭いながらもダイニングに食卓テーブルを置き、そこでアメリカ人のように食事をし、畳の部屋のうち一部屋は居間的に利用、夜は畳敷きの二部屋に布団をひいて寝るという生活が発明されたのです。当時最もおしゃれなあこがれの夢のライフスタイルでした。台所は南側に設置され、裏方だった家事は家の中心的場所となり、徐々に家庭の中心は主婦になっていきました。
LDKは全国の都市住宅に浸透し、日本の当たり前な標準的間取りとなりました。

○ 耐震化、不燃化
1923年9月1日、関東大震災。地震と火災による甚大なる被害をうけ、耐震化と不燃化なくして日本の都市建築は成り立たないことが判明しました。それ以降我々は、地震、火災からいかに人命を守るのかを追求し続けています。その対策として有効に活用されたのが近代の三大素材、”鉄”、”ガラス”、”コンクリート”です。これらの新素材が新たな居住空間を形成し始めます。
急激な都市化とともに、地震による倒壊防止と火災の延焼防止のため、近代の三大素材による建築の耐震化と不燃化が最優先政策として推し進められました。しかし、不燃化は日本の歴史・建築文化そのものである燃えやすい自然素材の否定につながりました。また、自然素材の経年劣化、傷、汚れ、変形は、機能性、合理的観点から否定され、いつしか都市の居住空間から自然素材が消えていきました。しかし、日本人が持っている自然素材への憧れは消えることなく、絶え間なき努力による技術開発により、本物そっくりの、不燃化、高耐久の機能性に優れた人工的工業製品が開発されています。

○ 標準化、組立工法
都市住居は急激な都市化による住宅不足により、建設工法の合理化と、間取り、素材、設備機器等、仕様の標準化を余儀なくされました。
昭和時代の都市問題であった慢性的住宅不足により、供給側、貸し手側(投資家側)有利の市場が戦後60年以上続き、全国一律の画一的間取り、均質的標準仕様の住宅が都市に大量に供給されていきました。

○ まとめ
近代以降、バブル崩壊までの昭和時代の日本は、ひたすら欧米に負けないような欧米風の近代国家にふさわしい、そして、世界第2位の経済大国にふさわしい、豊かなライフスタイルを演じられる居住空間を目指してきました。
上記のことをまとめると、近代日本の居住空間は、総じて次の三点を目指して作られてきたといっていいのではないでしょうか。

1,米型ライフスタイル
2,快適性と安全性
3,広さ

1,米型ライフスタイル
米型ライフスタイルは、戦中悪用された過去の日本的なものと決別し、モダニズムを基礎とした、新しい国を創ってゆくという目的のため取り入れられた、お手本となるあこがれのスタイルでした。いつしか米型ライフスタイルに追いつくことが国民の目標となり、豊かさ、幸せの価値基準となりました。
悪用された日本文化は、本来すばらしいものであったとしても、トラウマ的なものとなってしまい、忘れたい、距離をおきたいという希望もあり、悪しきもの、前近代的なもの、封建的なもの、反民主的なもの・・・として遠ざけられてしまいました。

2,快適性と安全性
耐震性・耐火性は大前提として必須事項であり、三大水回りの快適な居住空間化と暑さ寒さの克服は日本人の悲願でした。(もう昔にはなかなか戻れませんね)

3,広さ
住宅不足は慢性的都市問題した。経済大国になったにも関わらず、ウサギ小屋と揶揄された日本の居住空間でしたが、徐々に居住面積は広がり、一人一空間とれるだけの広さを獲得しました。
今では、必要以上の無駄な広さを求めるようなことも少なくなってきました。

○80年代中から90年代初頃、国民全体の悲願であった水回りを居住空間に取り込むことに成功し、大衆居住空間の近代化は成し遂げられました。経済力も世界1位となり、多くの人々が欲しい物を手に入れました。一人に一空間が割り当てられ、欧米のドラマを見てもスタイルの違いを感じるだけで生活水準的なうらやましさはなくなりました。

21世紀に入り、気付いてみると”床”は余っていました。都市問題であった住宅不足は”床”面積だけをみれば、解決されていたのです。住宅不足解消、それは人口減少時代に突入したことでもあります。有り余る老朽化した建物(外部不経済物件)をどうしてゆくのかなど、新たな問題が顕在化してきています。

一方、時代の転換期を向かえ、不動産がやっと大衆に開放された日本。”次の時代”へ向けて、バブル崩壊までの昭和的価値が過去の昔ばなしの一つでしかない若者たち主導の新しいムーブメントが全国各地で起こり始めています。まるで、日々が非日常的であった異常な時代”昭和”から、日本人本来の日常生活を取り戻すように・・・。

 

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