■ 築48年の吊橋のワイヤ切れる

2月 11th, 2013

築48年の歩行者用吊橋「第一弁天橋」(地上約6m)のワイヤケーブル2本のうち1本が切れ、橋の一部が大きく傾いたそうです。
この吊橋は浜松市天竜区水窪町奥領家、国道152号上、鉄骨造、全長約32m、幅約1m20cmで、1965年に完成。

昭和の経済成長期につくられた日本全国の現施設の補修改修維持管理だけで莫大な費用がかかる。どこにお金をかけるのか、優先順位が将来の明暗を分けそうです。

読売新聞より:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130210-OYT1T00661.htm?from=navlp

■ 福岡ビンテージビルカレッジ/第3回 「食文化から生まれるビンテージ」が終わりました。

2月 3rd, 2013

■ 福岡ビンテージビルカレッジ/第3回 「食文化から生まれるビンテージ」は昨日2月2日(土)に開催されました。

← 山王マンションの1Fで行われました


森さんのご指導で、みんなで「味噌玉」と「おにぎり」をつくって食べました(笑)


森さん特性の梅干し。美味しかったー。

ご報告と私の感想は後日アップさせていただきます。

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福岡ビンテージビルカレッジ :http://www.space-r.net/bunkasai/college
第3回 食文化から生まれるビンテージ

日時 2013年2月2日(土)15:00~17:30
懇親会(17:30~1時間程):参加無料
会場 山王マンション(福岡市博多区博多駅南4-19-5) 》 会場アクセス
タイトル 「伝統食の復権。今、見直される日本
私たちの帰る味はどこに?」
~農山漁村に残る食のビンテージを巡る冒険~
講師 森千鶴子氏(森の新聞社代表、福岡教育大学非常勤講師)
【略歴】
1968年生まれ。福岡県宗像市出身。バブル時代に、東京でコピーライターをしていたが、消費社会にどっぷり浸かっている自分に限界を 感じ、親の病気を口実に96年に、福岡に帰郷。以降、九州を中心に農山漁村を歩きながら、食文化、農業等の記事を書くフリーライターとなる。2002年よ り2010年までの8年間は、日田市中津江村の廃校活用住宅に移住。以来、書くことにあきたらず、食を核とした地域づくり活動や、村おこしの支援、子ども たちへの食育活動などに関わっていく。2011年より福岡市在住。天神パークビルの屋上稲作「たのしイネ」アドバイザー。都市と農村、子どもたちや若者と 農村の、あたたかな関係づくりを模索中。
【活動紹介】
農業専門誌などへの執筆のほか、地域を見つめ直し、未来の暮らしに活かす「地元学」の指導やワークショップ、特産品開発、農産加工等の助言も行っている。
2000 年より、各地の食資源の見つめ直しによる、地域づくり活動「食の文化祭」「家庭料理大集合」の取り組みをサポート「築上つけもの博覧会(福岡県築上 町)」、「古賀のみかんの文化祭(福岡県古賀市)」、「高千穂のこびる発表会(宮崎県高千穂町)」など。関わった地域は70ヶ所以上になる。
農林水産省選定「地産地消の仕事人」、六次産業化ボランタリープランナー

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こちらも御覧ください。

福岡ビンテージビルカレッジ / 第2回「オフィス文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想

福岡ビンテージビルカレッジ / 第1回 「私のVINTAGE LIFE」 ― ご報告と私の感想

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■ 福岡ビンテージビルカレッジ/第2回「オフィス文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想

2月 1st, 2013

福岡ビンテージビルカレッジ
第2回「オフィス文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想

タイトル:「ジャンクオフィスで働こう」 ~働き方をシフトしていく古いようで新しいオフィス事例紹介~
講師: 中島ヒロシ氏(株式会社アドアルファ 代表取締役)

○ 中島さんは「わたしはオフィスで働いたことがないんです。」こうおっしゃいました(笑)。なぜ、既成のオフィスとは異なる、自由な発想で、クリエイティブ空間”ジャンクオフィス”という仕事空間を多数創作されてきたのか、やっと判明しました(笑)。これからの新しい時代に適した仕事空間は、近代以降、それなりの歴史を積んできたオフィス空間が追求してきた機能性・合理性のみにとらわれない、新しい感覚・感性が必要だったのです。

○ “100社、100様”
ちょっと驚きました。数多くのオフィスをデザインされてきた中島さんならではの言葉なのですが、オフィスといえば、機能性と経済性が優先される無機質な空間以上のものは必要とされないことが多いので、だいたいどこも似たり寄ったりな空間というイメージがあっただけに、”個性”を表すようなこの言葉は意外に思えたのです。
考えてみれば、中島さんにオフィスデザインをお願いするということは、そもそも、どこにでもあるような空間ではない我が社ならではの空間を求めているわけですから当然かもしれません。これだけを見ても、仕事空間に何を求める時代になってきているのかを垣間見ることができます。

■ オフィス空間と居住空間の変遷
居住空間とオフィス空間が目指してきたものは何か?

○ オフィス空間の進化
近代が始まり、第一次、第二次、第三次産業へと移行してゆく中で、急激な都市化とともに”オフィスビル”が次々と立ち上がり、都市の風景を構成する中心的施となっていきました。独自の進化を遂げてゆく近代都市の象徴”オフィスビル”。その行き着く先のゴールが”インテリジェントオフィス”です。

○ “オフィスビル”は、何を目指し進化してきたのでしょうか?
機能的、合理的に物事を考えるのが近代=モダニズムの考え方です。仕事する空間は、どれだけ無駄なものを省いて効率的に仕事を進めることができるのかを、ひたすら突き詰めていきました。そこで出てきたオフィス空間のイメージが、”均質空間”です。数学で学んだX、Y、Z軸のグラフの中の同質で無限に続くかのようなマトリックス空間がそれです。理想は、室内はオフィスレイアウトの妨げとなる柱がない”無柱空間”で、外観は構造的な壁がない”カーテンウォール”といわれる透明スクリーンがイメージの全面ガラス張り、このような仕様のオフィスビルが次々と出現しました。程なくオフィスビルは高さを競うようになり、雲を突き抜け天に届くかのような”スカイスクレイパー(摩天楼)”が近代都市の富の象徴となっていきました。(これは未だに変わっていませんね)
このイメージを現実可能にしたのが、風力や地震力などの外力から建物を守る”構造”。そして、上下階に効率的に人々を搬送するエレベーター、ライフラインの給排水設備、仕事環境を整える空調・照明設備などの”建築設備”です。

国の経済力が上がり続ける右肩上がり時代、止まらぬ需要が建築技術の絶え間ない進化とスペックアップを推し進め、オフィスビルのレベルも上がり続けました。そのゴールが”インテリジェントオフィス”です。

○ 居住空間の進化
それに対して、居住空間は、狭さ克服のための空間の効率的利用、そして、主婦の負担が大きい家事を手助けする住設機器の開発と機能性向上が追求されていきました。それには、生活を支える最も基本的な部分、日本家屋の弱点であり、主婦を悩まし続けてきた三大水回り忌避空間の克服がどうしても必要でした。それは、住宅の隅に追いやってきた、つまり、主婦を隅に追いやってきた台所・風呂・便所を快適空間に改善し、キッチン・バス・レストルームを主役に、つまり、家の主役を主婦にしてゆくことです。
80年代中頃、ステンレスシステムキッチン、ユニットバス、ウォシュレット付トイレが広く普及し出し、忌避空間であった水回り空間が、悲願である快適な居住空間へと変貌し、ついには、オブジェ化した住設機器は主役ともなりうる地位に至ったのです。同時に省エネ技術も時代を経るごとにスペックアップし、すきま風もなく、結露も少ない快適居住空間が完成しました。

○ スタイルの登場
建築文化は、経済力が右肩上がりに大きくなるに伴い、モダニズムからポストモダンへと移行し、様々な提案、実験が試みられる中で、いくつかスタイルが出てきました。しかし、それはあくまでもプロが提案する上からの提示でした。(建築界ではポストモダニズムなどと言われていましたが、振り返ると社会はいまだモダニズムのままだったんではないでしょうか?)

右肩上がり時代が終わり、今世紀に入った頃、一時の熱狂から我に返った日本では、技術面で完成されたそれぞれの空間が、共通のスタイルを目指すような動きが出てきました。一つは”モダンスタイル”もう一つが”カフェスタイル”です。これは、大衆文化=ポップカルチャーが広く浸透し成熟した結果、泡のように湧き出てきたもののように感じられます。

“モダンスタイル”は簡単に言えば”カッコイイ”空間です。それに対し、”カフェスタイル”は”カワイイ”空間というイメージでしょうか?つまり、機能性、合理性を追求したものが良いものであるというモダニズムの時代から、完成された技術空間はそこそこでいいから、もっと雰囲気やスタイルを大事にしたいという、リ・イマジネーションの時代に移り変わったのです。

○ “モダンスタイル”はいろいろなテイストと結びつき、”シンプルモダン”、”和モダン”、”レトロモダン”、”ミニマムモダン”など、様々な言葉が生まれ、一般化するほど身近なスタイルとなりました。これは、建築も含めたデザイン分野における近代のプロジェクト、デザインの力で生活を豊かにしていこうという正統的な流れの中で生まれたモダンデザインが別のイメージ=感性と結びつくことによって成立しています。「機能主義、幾何学的無装飾主義、物質主義」+イメージ、それぞれテイストは違えども、総じてシンプルで”カッコイイ”空間を目指しています。

○ 一方”カフェスタイル”は、大衆文化から出てきたスタイルです。先ほどあげた近代デザインの目標は達成され、デザインは大衆文化に充分浸透しました。都市の文化も充分に成熟し、ここちよい時間を過ごせるカフェ空間こそが目的となるような社会になってきました。日本では、独自の進化を遂げている大衆文化、得体の知れない怪物のような言葉である”カワイイ”が登場し、一気に世の中の雰囲気を変えてしまったのです。どんな崇高な論理でデザインしたとしても、”カワイイ”の一言で、崇高なる論理がマンガの吹き出しのようになってしまい、無効化までは言わないまでも、そんな難いこといいじゃん、かわいいんだから、みたいになってしまいます。
そんなカフェスタイルが、多くの人々の心をつかみ、居住空間のみならず、仕事空間、商業空間、遊び空間、公共空間など、あらゆるところに浸食していきました。(あらゆる分野の社会全体に浸食し、飲み込んでいっています。)

○ ブランドからスタイルへ。
ひとまず完成された技術空間が標準となった社会で、他と差がつかなくなってくると、雰囲気で差をつけていこうという流れが出てきました。それが、”スタイル”です。上下を表現した昭和後期に流行った”ブランド”から、個性を表す”スタイル”への移行です。のちほど出てくる”ニュータイプ”が求める居心地とは、この”スタイル”ではないかと思っています。
新しい文化とは、前の世代の踏襲では満足できず、とりあえず拒否し、自分たちの世代”ならでは”の感覚、価値観を作っていくことで進んでいくようです。

■ ストック文化はブラックボックス度数が価値を決める一つの指標

○ 用途転用
モダニズムが始まりインターナショナルスタイルで行き詰まった建築界は、ポストモダニズムへ移行していきました。建築を機械にたとえ、一つの空間に一つの機能という発想が、世の中をリードしてゆく近代人にとってふさわしい建築であるといった時代から、徐々に別の試みが起きてきました。
これは、やはり、ストック文化が伝統的な慣習である西洋文化からです。古い倉庫をギャラリーにしたり、古い教会をバーやディスコにしたり、既存空間を、本来の目的とは異なる機能で、使い始めたのです。一つの行為や目的に適した一つの”らしい空間”に飽き、一つの行為や当初の目的とは異なる使い方が新鮮に、刺激的に、ファッション的に受け入れられ始めたのです。つまり、”らしい空間”に対する”用途の転用”です。
これは、ストック時代の古い建物活用方の一手法”コンバージョン”といわれているものです。これもこれからの時代は一般化する概念です。雰囲気ある空間をいかに転用=コンバージョンし、活かしてゆくのか、”らしい空間”をいかに”用途転用”するのかがおもしろいところです。中島さんのオフィス例でもいくつもそういった事例がありました。

このような用途転用現象の特徴的魅力を中島さんは”ブラックボックス”と名付けていました。次に、このブラックボックスについて考えてみます。

○ “ブラックボックス度数”
中島さんは、管理がしっかりしているが故、画一的な仕様で制約の多い新築物件から出てくるもの(=イメージ)はあまりない。しかし、古い物件からは何が出てくるかわからない。時に予想もしなかった大きなもの(=イメージ)が出てくることもある、ということを、古い物件は”ブラックボックス”である、と表現しました。この表現は、ビンテージ文化を的確にわかりやすく表現していると感じました。これは、ビンテージ的価値とは何かを理論付ける一つの指標となりそうです。つまり、”ブラックボックス度数”。何が出てくるのかは分からないが、何かが出てきそうだと期待できる度数のことです。これは、新築物件とは明らかに違います。
思い返してみれば、私がリノベーションしたくなる部屋・建物は、この”ブラックボックス度数”が高い物件でした。中島さんは、この感覚を経験から感じ取り理論化していたのです。リノベーションやコンバージョンなど、ストックビルの活用方法方は様々ですが、このブラックボックス度数は有効に価値を定義できるかもしれません。

■ “ニュータイプ”の求めるライフスタイル

○ “ここち”
近代=モダニズムの行き着く先=ゴールとは、バブルであり、オフィスビルで言えばインテリジェントビル、住居ではタワーマンション(?)のように思います。
ゴールに至った近代=モダニズムの次の新時代、ポスト(アフター?)モダニズムに移行していく転換期の中で、いろいろなところで今までの考え方が変化してきています。
先ほど提示しました”ブランド”から”スタイル”への変化のように、価値観の変化にともない、ライフスタイル、そして、ワーキングスタイルも変わってきました。それらをリードしているのが、バブル期を知らない若者達=”ニュータイプ”のみなさんです。
彼らが居住空間、オフィス空間に求めるものも以前とは異なり、昭和時代が求めたそれぞれの空間の居心地は、新時代の”ここち”となっているようです。それは、自分が自分で居られる戯れ空間のようです。

○ ワークライフバランス
仕事空間と居住空間が、ある時、共通のスタイルを目指すようになったこと、パソコン、インターネットなどで仕事に場所性がなくなってきたことで、必ずしも仕事をする空間が”らしい空間”ではなくてもよくなってきました。また、仕事内容によっては、どこででも仕事ができるので、仕事空間に求めるものも変化してきています。
理想とする生活は、適度なワークライフバランスで、それぞれの空間がここちよく、それぞれが尊重しあう自立した個人が集まって、社会に貢献しつつ利益を上げていくような、個人的にも、社会的にもやりがいのある仕事。それは、右肩上がりの時代とは異なります。それは、中島さんのお話の中に出てきた”余白”に対する価値観にも表れているようです。

○ 余白
生活空間と仕事空間の融合 曖昧な中間領域 余白の活用
モダニズムの世界の機能性・合理性を追求していく文化は、余白を消し去る文化でした。しかし、余白に機能、効用があることをもともと人間は知っていたし、重要なことも常識的になってきました。仕事空間においても、余白のデザインがいかにうまくできているのかが、仕事の効率に関係があるようなことも認識されてきているようです。一見無駄なように感じる余白を作り出し仕事空間の快適性をあげるデザインが中島さんのオフィスには多々ありました。
余白とは、余裕や豊かさの指標、つまり、理想とする生活に最も必要な価値あるものだったようです。

■ 最後に
立地がよい昔の建物
建物が建ち始めるのは、立地条件がよいところからになります。古い建物が立地条件がよいところ建ってことが多いのは、そのような理由があったからでした。ビンテージビル文化がうまく機能していく社会が実現したとすると、立地のよい古い建物でブラックボックス度数が高ければ、その建物は大変価値のある物件となります。新築ビルの価値、ビンテージビルの価値、価値指標は一つではなくなりそうです。

○ ジャンクとは何か
中島さんのお話しをお伺いしていて、”ジャンクオフィス”の”ジャンク”の意味がおぼろげながら分かってきました。インテリジェントビルの数学の中の空間のような”均質空間”が、人を寄せつけない、素材感もない、無味乾燥空間なのに対し、”ジャンク空間”とは、普遍性がなく、めちゃくちゃ人間くさい、手のあとがいたる所に残る、素材感あふれる、そこにしかない、であってここちのよい空間のことだったのです。
それを繊細なる感性で評価し価値を与え、文化としているのが”ニュータイプ”の皆さんではないでしょうか?
イメージを求める時代、大切なものや、価値あるものがなんなのかが自分を表すような社会になってきました。企業イメージも同様に、スタイルが企業理念と結びつくようになってきたようです。
仕事空間であるオフィス空間も、多様な個性空間へとますます進化していきそうです。

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福岡ビンテージビルカレッジ :http://www.space-r.net/bunkasai/college
第2回 オフィス文化から生まれるビンテージ / 2013年1月19日(土)

タイトル:「ジャンクオフィスで働こう」 ~働き方をシフトしていく古いようで新しいオフィス事例紹介~
講師: 中島ヒロシ氏(株式会社アドアルファ 代表取締役)
【略歴】
オフィスプランナーとして誰にも雇われないまま26歳で独立。会社の「当たり前」を知らないまま失敗を繰り返しながらも独自のシゴト感で32歳で法人化。お客様のオフィスづくりが自分の会社づくりに。
【活動紹介】
福岡を中心に全国のオフィスづくりのお手伝いをしています。オフィス内で起る様々なシーンを演出するべくレイアウトには並々ならぬ こだわりをもっており、今までの500社以上のレイアウトを手がけてきたノウハウを強みにICTを用いた近年の働き方とのバランスを保ちながら日々新しい ワークスタイルを研究開発しています。
また、CPM(CampanyPromotionMIX)という概念でオフィスをもっと効果的に経営に活か してもらえるような「発信」のお手伝いを「MOFF!」というWEBサイト・紙媒体をを使った広告やオフィス事例紹介としてターゲットを絞ったセミナー開 催など、現段階も 試行錯誤を繰り返しています。

主催:NPO法人 福岡ビルストック研究会/(株)スペースRデザイン/吉原住宅(有)
コーディネーター
吉原勝己氏(吉原住宅(有)代表取締役)/信濃康博(信濃設計研究所所長)
場所:山王マンション/1F

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第1回 私のVINTAGE LIFE / 2012年12月16日(日)
第2回 オフィス文化から生まれるビンテージ / 2013年1月19日(土)
次回
第3回 食文化から生まれるビンテージ / 2013年2月2日(土)
第4回 京都のビンテージが生みだす都市再生 / 2013年3月9日(土)

こちらもご覧ください
>>福岡ビンテージビルカレッジ / 第1回 「私のVINTAGE LIFE」 ― ご報告と私の感想
>>福岡ビンテージビルカレッジ / 第2回 「オフィス文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想
>>福岡ビンテージビルカレッジ / 第3回 「食文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想

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セルフリノベーションの時代

2月 1st, 2013

朝日新聞に、「もと町工場をセルフリノベーション イベントも開ける住まいに」という記事がありました。
http://www.asahi.com/and_M/living/suumo/TKY201301300111.html

場所は墨田区八広。賃貸物件の一戸建てをリノベーションされたそうです。
もと町工場で2階を住居にしていた建物を、奥さんと2人で、住みながら1年半かけてリノベーション、その工程をほとんどセルフビルドで行ったとのこと。

「もともとバイクや車をいじったりできる工房がほしいなという思いがあったので、町工場に憧れがあったんです。実際に見に行ったのは3件ぐらいですが、事前に古くて味がある物件を紹介する不動産会社のサイトで、かなり探しました」
一方、奥さんも、ダンスやヨガの稽古場を自宅に持てたらという希望があり、広い土間のスペースが「いけそう」との感触を得た。

このもと町工場、当初はリノベーション可ではなかった。

「ですから、改装できるなら借りたいと交渉して、OKをもらいました。不動産会社を通じて、契約書にもどこを改装するかこちらから提示したものを書き加えていただき、後々トラブルのないよう注意を払いました」

「リノベーション費用は全部で60万円ぐらいで大したことはないんですが、ただひたすら手間がかかりました。でもDIYのサイトなどを検索すると、何でもやり方が出ているので素人でもいろいろできるんですよ」

「園芸用の金網をネズミが侵入してきそうな隙間に詰めるんですが、それこそここと思えばまたあちらで(笑)、姿が見えなくなるまでは1年ほどかかりましたね。セルフリノベーションは、結果よりもそれ自体を楽しむ気持ちが大事ということを実感しました

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既に古い建物は余っており、増加していくばかりです。自分の表現の場としての居住空間が欲しいという意識の高い若者たちが増えて、これからますますセルフリノベーションも広がっていくでしょう。
このように、寂れた町工場などの古い建物をセルフリノベーションし、愛着を持ってそこに住んでいただき、楽しんで活用していただくことが街にとっても大変重要ですね。

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さらにガソリンスタンド難民が増えそうです。

1月 31st, 2013

2012年度中に閉店するガソリンスタンドが2000店を突破する見通しであるとのこと。(全国石油商業組合連合会(全石連)試算)

2011年度(1034店)の2倍の水準で過去最多となる見込み。
改正消防法で、GSの地下タンクの設置年数に応じ、油漏れ防止装 置(1か所あたり500万円程度)などを1月末までに設置することが義務づけられているほか、エコカーの普及で給油が減っていることも閉店する店舗が増え ている背景にあるとみられる。

全石連によると、改正消防法で改修の対象となるGSは全国で約7000店舗。経済産業省が2年間の移行期間に必要費用の3分の2を補助する制度を設けて いるが、制度を利用するのは約5000店にとどまる。過当競争などで廃業する業者も含めれば、閉店は2000店を上回る見通しだそうです。

 

 

ついに東京都の人口「自然減」に転じたそうです。

1月 29th, 2013

2012年、統計を取り始めた1956年以降、東京都の死者数が最多となり、初めて出生数を上回って「自然減」に転じたことが都の人口推計で28日、分かったそうです。出生数は1990年ごろから横ばいだが、高齢者の増加で死者数は増え続けている結果とのこと。

一方、東京への人口流入による「社会増」は続いており、人口総数は今年1月1日現在で前年比0・3%増の1322万2760人に上っている。日本全体の人口でみると、05年に初めて自然減となり、06年は自然増だったものの07年から自然減が続いているそうです。

人口減少+高齢化+少子化・・・どうなっていくんでしょうか?

■ 福岡ビンテージビルカレッジ / 第1回 「私のVINTAGE LIFE」 ― ご報告と私の感想

1月 22nd, 2013

福岡ビンテージビルカレッジ 第1回「私のVINTAGE LIFE」 ― ご報告と私の感想

← 会場:山王マンション1F

■福岡ビンテージビルカレッジの主旨
ビンテージビルカレッジの主旨は、ビンテージという概念がまだ無い”ビル(建物)”の分野で、どのようにすれば”ビル(建物)”のビンテージ文化をつくれるのか?を、すでに社会に定着している、他分野のビンテージ文化の”感覚”を学ぶことにより、考えていこうというものです。また、産業構造の変化により、ソーシャルビジネスが広がっている中で、新しく創りだされた様々な分野のビンテージ文化が、社会性のあるビジネスと適度に結びつくことにより、持続的、安定的に社会に普及し、日常生活を支えるそれぞれの街や地区を魅力あるものへと導くような文化として成長する可能性があるのではないか?といったことも同時に考えていきたいと思っております。

福岡ビンテージビルカレッジの第1回目として、「AMP GALLERY & CAFE’・アトリエてらた」のオーナー兼デザイナー兼ミュージッシャン、または、プロの遊び人とも呼ばれる瀬下氏による、エレキギター、ジーパン、スカジャンなどのビンテージについてのお話をしていただきました。今回の「続・山王R」において、リノベーションデザイナー4人の中のお一人として一部屋のリノベーションをご担当され、デザインのみならず、セルフビルドでご自身自ら塗装をされ、部屋全体をアートで装った、カレッジでお話くださった世界観そのものであるミッドセンチェリー感=つまりビンテージ感あふれる空間を創作されております。このお部屋を意味づける大切なアイテムとして、これからお話になる、ビンテージ・エレキギター、ジーパン、スカジャンなどが、そのために意図してつくられたスペースにディスプレイされていました。

■瀬下氏のビンテージのお話
瀬下氏のお話はまずビートルズ時代のビンテージ・エレキギターから始まりました。お話をお伺いしていると、それは、エレキギターそのものだけではなく、ビートルズが活躍していた頃の”時代の息吹”や”社会の雰囲気”みたいなもの、当時の文化全体へのオマージュが基礎となっていることがわかります。

○ビンテージ・エレキギター
お好きなビートルズ時代のビンテージ・エレキギターを購入し、それを使い込んで熟成させていきます。大切に見守りながら10年程度経過した頃、表面の塗装面にピリッと”割れ”が生じてくるそうです。マニアにとってその”割れ”が何ともいえないそうで、その”割れ”を見ながらお酒を飲むのが何ともいえない至福の時間とのことです(笑)。

楽器に関しては、”音”もビンテージに含まれます。実際に、新しいエレキギターの音とビンテージ・エレキギターの音を出していただき、聞き比べをしました。古いエレキギターの音は、確かに新しいものとは異なり、マイルドでやさしい音でした。ビートルズが活躍していたころの雰囲気を出すには、当時の機器がどうしても必要とのこと。エレキギターを取り巻く周辺機器が揃うことにより、当時の”音”を再現することができるんですね。これは、楽器や服に限らず、その他のビンテージ品、もちろん”ビル(建物)”にも当てはまることといえそうです。

○ビンテージ・ジーパン、スカジャン
次に、ジーパン、スカジャンに関してです。ビンテージ文化の特徴をよく表している、おもしろいエピソードのお話がありました。価値の高いジーパンやスカジャンのビンテージコレクションを無造作に押入にしまっておいたところ、お母さんが、このボロは捨てていいのだろうということで、何着かは断りもなく捨てられてしまったそうです(笑)。マニア以外の方々には単なる小汚いボロに見えるジーパンやスカジャンですが、ビンテージ相場でいえば10万円程度するものだったとのことでした。これらは、保存の程度やダメージ具合などで、人によって評価基準が変わるようですが、そのモノ自体、そして、その状態の価値基準は、総じて共有され、評価基準に沿って実際に取り引きされているとのことです。

こういったエピソードをお聞きすると、ビンテージ文化が一般常識にとらわれることなく、”ビンテージ的目利き”ともいえる確かな”目”をお持ちの魅力ある人々により支えられ、価値を広く共有することによりビジネス的にも確立していることがわかります。
お話をお伺いしていると、ビンテージ品が存在していた当時の”時代の息吹”や”社会の雰囲気”みたいなものが、いかに大切なものであるのかがわかってきました。当時の素材、製法や工法、道具や加工機械、それらを実際に作っていた当時の職人、そして、流通を通し購入し実際に使っていた人々、その時代ならではの裏エピソードなど、当時のモノを取り巻く文化全体の物語がビンテージ品に価値を与え、支えになっているようです。そのモノを取り巻く文化全体の物語、つまり”ビンテージ的世界観”みたいなものがビンテージ品の”背景”として価値をさらに高め、人々を魅惑の世界へと誘ってゆくのだと感じました。

■ビンテージ的感覚要素
瀬下氏のお話を参考に、さらに踏み込んで、ビンテージ的感覚の要素について考えてみます。モノ(製品や建物も)は、素材(物質)、デザイン(かたち・フォルム)、機能(用途)などで構成されていますが、感性に訴えてくるビンテージ品に関しては、機能、デザインを含めたフォルムはもちろんのことですが、基本的なところで全体の質や雰囲気を決める”素材感”や”質感”、もっと突き詰めればモノが物体であることを示す”物質感”が価値におおきく影響しているように感じています。

簡単に振り返ってみると、自然界の素材のみをそのまま活用していた時代から、近代を向かえ化学的な合成技術の発達により多くの新素材が、新しい機能を持ったモノのために、めまぐるしく時代が進む中で時に流行を生みながら、新工法、新しいデザインとともに作り出されていきました。(考えてみると次々に新素材が生み出される現代は、時として素材が時代性を表すこともあります。)近代とは、人工物質・新素材時代ともいえそうです。(当然ながら、自然素材でも人々を魅了する新商品は次々に生み出されています。)

次々に生み出されいくモノの中には、人々の感性に響く、特別な輝きを発する存在感が突出したモノも生み出されました。どのようなモノでも、新素材・自然素材関わらず”物質”でできています。それを素材にデザインや機能を付加しモノ(製品や建物)になるのですが、ビンテージ的感性に響いてくる特別な存在感を示す要素として、視覚から始まり”手触り”や”耳触り”、”におい”など様々な感覚に訴える”素材感”や”質感”、さらに言えばその元となる”物質感”が大きな影響を与えているように感じられました。めまぐるしく時代が変わっていく中で、いつしかそれらのうちの幾つかは、心の琴線を揺さぶリ続けるビンテージとして残っていき、ビンテージ文化として成長、確立しています。

■背後の世界観
ジーパンに関しては、ダメージ仕上げという、真新しい素材にわざとダメージを与えて使いこんだ状態に仕上げるという加工技術もあるとのことです。一般人にとっては、新しいものに傷を付けるというちょっと心が痛む後ろめたさみたいなものがありますが、マニアの皆さんにとっては、そのダメージ感覚が大きく感性を揺さぶるようなのです。
上記の”物質感”につながりますが、もしかすると、このダメージ仕上げは、建物でいえば、最近の(特に若者たち)廃墟ブーム等に見られる、古く寂れた”はかなさ”みたいなものに心引かれる現象に関連があるかもしれません。新製品消費時代から逆行する、このようなダメージ仕上げや古着ブームから、家具、インテリア、建築に感覚が広まっていったといっても良いかもしれません。

これは、ちょっと飛躍し過ぎかもしれませんが、私が子供の頃に胸踊らせた大阪万博的”輝かしい未来”志向から、宮崎アニメの設定に見られる、”行きすぎた文明の果ての破滅(と、その後の世界)”志向へと、時代感覚が移行していった結果と見ることはできないでしょうか?未来志向の新しいモノより、朽ちてしまいそうな古いモノの奥に見隠れする”物語”に感性は揺さぶられ、引き寄せられているようです。”ビンテージ的感覚”とは、”物質感”を基礎とした古いモノ自体に魅了される感覚に加え、モノの裏に見え隠れする物語により自然に感性が刺激され、ふくらんでいく想像力により作り出された”独自のビンテージ的世界観”、その”独自のビンテージ的世界観”も含めて古いモノを楽しむ感覚のようです。

■貞國氏と青木氏のご登壇
瀬下氏のお話後半、福岡でご活躍の「スタジオアパートメントKICHI」の貞國氏と東京でご活躍の「㈱メゾン青樹」の青木氏のご登壇となりました。お二人ともにビンテージビルなど古い建物はもちろんのこと、当時の文化全体がお好きで、確かな”目”をお持ちの方々です。それぞれのお仕事内容や、瀬下さんのデザインなさったリノベーションルームの素晴らしさなどを語っていただきました。

貞國氏は、ご自身で所有運営なさっている、音楽、アート、ファッション、デザイン、パフォーマンス、建築家、漫画家など、あらゆるアーティストがジャンルの壁を越えて潜伏している、アーティストのための賃貸マンション「アパートメントKICHI」の取り組みや、古いモノの魅力などを話されました。
そして、東京からのご参加の青木氏は、ご自身で所有管理されているビンテージビルの魅力と意欲的な取り組みなどの興味深いお話や、ストレートに魅了された、瀬下氏ご担当のリノベーションルームについて、瀬下氏が意図したポイントを的確につかんだ上でのご感想を、表現豊かに話してくださりました。私には、お二人の話している姿が、先ほど瀬下氏がビンテージギターやジーパン、スカジャンを噛み締めるように楽しく語る姿と重なってみえました。
瀬下氏、貞國氏、青木氏それぞれのお話や会話のように、つまり、ビンテージ文化とは、ビンテージが好きで、その”感覚”を共有した人々による”語り”を楽しみながら、”交流”を広げていけるような文化ではないでしょうか。

■グループ討議
次に、約60名ご参加の皆様に5,6名のグループに分かれていただき、グループ討議をしていただきました。

議題は”自分の趣味について語り合うこと”です。
ビンテージ文化とは、簡単にいえば、好きなものについて価値を共有し、楽しみあうことです。これは、これからのストック時代には、最も重要なことかもしれません。右肩上がりではない、水平飛行が普通の世界で、仕事と同様に日々の生活が重要な中で、生活の糧となるような”趣味”の”有る/無し”が”幸福度”指標に大きく関わってきそうだからです。多くの若者たちが、「自分の好きなことがそのまま仕事にらないかなあー」と、淡い夢を抱いています。それは、そうなることが幸せなことであると考えているからでしょう。自分とは何かを、つまり自己の確立を、ある意味脅迫的に迫られる現在において、もっとも大きなテーマのようにも思います。そのような意味もあり、自分の内側から出てくる気持ちで成り立つ”趣味”が、もし、ビジネスと結びつくような文化が広まれば、みなさんにとって幸福で充実した生活ができる社会になるように思います。(淡い夢かもしれませんが)

グループ討議の発表では、DIYのお話や、料理づくりなどのお話が出てきました。それは、自分たちで生活を豊かにしていこう、趣味を通してつながりをもてる社会にしていこうという(その場では漠然としていましたが)意図を見出すことができます。これからの社会の方向性として、これら各個人の趣味により新しく創りだされた(例えばビンテージ)文化が社会性のあるビジネスと結びつくことにより、日々の生活を地域内で楽しみながら文化面と経済面の両面で交流していけるような社会になるのではないか?という可能性についてもこれからの課題として取り上げられました。

今まで同様、新しいモノは作り出されていくでしょうが、一方で、古いモノの価値を独自の感性で定義づけるビンテージ文化は、昭和時代ほど新品の価値が高くなく、古いモノに価値を見出せる感性を持っている人々がますます増えていくこれからのストック社会の標準的な感覚を秩序づけ表現する基礎的文化となるように思います。

■最後に
ビンテージビル文化が広まり定着することがビルストック時代には必要です。なぜなら、普通に半世紀以上、できれば一世紀近く建物を活用していくビルストック時代には、時間の経過とともに自動的に価値が減少していくような今までの一般常識とは別の論理が必要だからです。ビンテージ文化は、時間の経過のみで一律に価値が減少するようなことはありません。そのモノの”質”を”ビンテージ的目利き”ともいえる”独自の感性”で定義づけるものです。時間の経過で価値が減少する単純な反比例関係とは別の、”質”を”独自の感性”で定義づける”ビンテージ的評価基準”が一般化し、標準的な価値基準となることが、これからのビルストック時代には必要ではないでしょうか。

このようなビンテージビル文化の広がりは、建物好きな人々が増えることであり、街を好きな人々が増えることであり、なにより、そこで生活することが好きな人々が増えることです。その結果、ビンテージビル文化度の高い街は、魅力的な建物、そして、街並みが維持されることにつながり、充実した暮らしがあふれる街になることでしょう。

あまり打ち合わせもなく、行き当たりばったりで進められた第1回ビンテージカレッジ、吉原住宅(有)の吉原氏の臨機応変な進行で、なんとか終えることができました(笑)。ご参加のみなさま、発表していただきました皆様、ありがとうございました、そして、お疲れ様でした。

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福岡ビンテージビルカレッジ:http://www.space-r.net/bunkasai/college
第1回 私のVINTAGE LIFE / 2012年12月16日(日)
主催:NPO法人 福岡ビルストック研究会/(株)スペースRデザイン/吉原住宅(有)
コーディネーター:吉原勝己氏(吉原住宅(有)代表取締役)/信濃康博(信濃設計研究所所長)
場所:山王マンション/1F

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次回以降
第2回 オフィス文化から生まれるビンテージ / 2013年1月19日(土)
第3回 食文化から生まれるビンテージ / 2013年2月2日(土)
第4回 京都のビンテージが生みだす都市再生 / 2013年3月9日(土)
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こちらもご覧ください
>>福岡ビンテージビルカレッジ / 第1回 「私のVINTAGE LIFE」 ― ご報告と私の感想
>>福岡ビンテージビルカレッジ / 第2回 「オフィス文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想
>>福岡ビンテージビルカレッジ / 第3回 「食文化から生まれるビンテージ」 ― ご報告と私の感想

 

 

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多様なる視点が魅力の日本の大衆文化

10月 17th, 2012

■ 私が持っているだけでも、このようにバラエティーにとんだ、様々な視点で構成された本があります。

日常、外出して何気なく街を歩いている時、自分は何を見ているのか?他の人達は何を見ているのか?
非日常、旅行に行った時、自分は何を見ているのか?他の人達は何を見ているのか?

実は、わたしが何を見ているのかは、自分でよくわかっていません。
ましてや、他の人達が何を見ているのかなど、改めてたずねることもしませんのでよくわかっていません。
数人で歩いているときに、誰かが目に入ったものを、ふと言葉に出して話題にしたとき、自分が見ているもの、他の人達が見ているものが、初めて認識されます。

いざカメラを持って街並みを撮るといった時、何を撮ったらいいのかわからなくなります。あらためて景色を見て、無限とも思えるほど様々なもので構成されているものの中から、自分の目につくものが何なのかを探りながらレンズを向けると、徐々に自分は何に感じているのかを自分で知ることになります。”見る”という行為を認識すると風景を意識して観るようになり、いままで気づかなかったものに気づくようになってきます。

上の写真のように、これだけの多様なる視点で構成された本を見ると、いまや、こう見るべきだという一つの視点(=考え方)でものを見るという時代が終わったのを感じます。
「私はこう見る、あの人はこう見ている、新たな見方を見つけた・・・」というように自分の見方をつかみ他の人達と比べたりしながら、たとえば、街並みをみんなでみるとおもしろいと思いませんか?

日本では、新しい視点が次々と発見され、それがメディアで発表され、一定の賛同者を得ることができる文化になったのです。

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